Losing Earth – A Recent History
Nathaniel Rich, 2019, Picador
今や一般メディアでもその報告書が引用されるようになったIPCCだが、最初の報告書が公表されたのは1990年。IPCCそのものが創られたのは1988年。つまり1980年代には既にグローバルな問題として認識されていたということだ。それから40年も経って、事態は改善しているだろうか。
実はいま気候変動に関して言われている基本的なこと、我々が化石燃料を採掘し、燃やすことが空気中のCO2濃度を高め、それが地球温暖化に寄与し、気候変動を招いていること、そしてどう対策すればいいのかは、1970年代には概ね分かっていたことだという。確かに、IPCC報告書は版を重ねる毎に新しい事柄をどんどん明らかにしているというよりは、既に分かっている事柄の確信度を高めてきている。
1979年当時、科学者たちの関心はすでに「温暖化の原因の特定」ではなく「温暖化の影響の精緻化」にあった。もはや「温暖化の原因」は特定されたのだ。1980年代にはエクソンモービルを筆頭とする石油産業および自動車産業もこの問題に真摯に向き合っており、共和党も決して否定的ではなく、実際にオゾン層の破壊については国際的な協力が図られ、1987年にモントリオール協定が締結された。
人権派として知られる米国カーター大統領 (任期1977-81) は問題を理解しており、ホワイトハウスにソーラーパネルを設置するほどだった。後に「An Inconvenient Truth」で世界の注目を浴びるアル・ゴアは若手議員の頃から環境問題を扱っており、1980~90年代の彼の活動は本書にたびたび登場する。
しかし米国政治の中枢にいる人たちが問題を理解していてさえ、対策は前進しなかった。主にレーガン~ブッシュ政権時代の10年間、ロビー活動や政争の道具として使われたことでどれだけの機会が失われ、葬られてきたかを暴くのが本書だ。
石油産業が巨費を投じて生き残りのためのロビイングを行ってきた。地球は温暖化していない、むしろ氷河期に向かっている。CO2濃度は増えているが別に人間が原因ではない。気候変動は太陽活動の影響だ。などなど。米国議会で気候変動対策が議題にあがるたびに葬られてきた。40年前に「分かって」いたことを今でも真剣に否定する人たちがいるのは、長年のロビイングによる教育(洗脳)の賜物だ。
元はNew York Times Magazineの記事として世に出された内容で、それはオンラインで今でも閲覧可能(https://www.nytimes.com/interactive/2018/08/01/magazine/climate-change-losing-earth.html)。Web記事なのでブラウザに読み上げてもらったり、日本語にも手軽に翻訳できるので、こっちのほうがむしろお薦めかもしれない。
実は70年代の科学者たちがその時点で分かっていたことは、CO2排出と気候変動の問題をつきつけられたときに、人々はどう行動するか、ということだ。現在の便利な生活を(一時的にせよ)諦めてCO2排出を減らす生活スタイルに変えていくか。否。いつやってくるのかも分からない将来の出来事は、大幅にディスカウントして捉えるのが人間というもの。そのために自分だけが現在の生活を犠牲にしようなどと、残念ながら誰も考えない。そして、これに対する答えは、40年を経た今も見つかっていないし、たぶん人間というのはそういうものだ、というのが結論なのだろう。
(2024/5/24 記)